アタランテ?
アトランタじゃないの? きっと間違いだよ!
いいえ、決してミススペルではありません。 もし、1996年のオリンピック開催地として知られているアトランタについて調べたいのならば、
残念ながらこのページでは調べられません。
しかし、アタランテが全くアトランタと関係がないわけでもありません。
アタランテがもし、アトランタ・オリンピックに出場していたら、おそらくすべての競走に金メダルを獲得していたでしょう。
彼女はそれほど早く走ることができたからです。
神アポロは、彼女の素晴らしい能力を失わないようにするために結婚しないように助言しました。
アポロがえらそうに、そんな無礼な忠告をしたことなど無視して、彼女は、もし私と競走して勝てたらと言う条件ならば結婚してもよいと言ったのでした。
2人のアタランテ
アテランテと一口に言っても、実は2人います。2人とも同時代に生きていました。その一方は、アルカディアに生まれました。
彼女の父親はイアソス王(IasiusまたはIasion)で、母親はクリュメネ。父親は息子を非常に欲しがったのでアタランテが生まれると、
彼は赤ん坊を連れて行き、丘の上に置きっぱなしにして帰ってきてしまいました。
古代ギリシャでは、そのようにして望まない赤ん坊を間引くのでした。
奇形に生まれてきた赤ん坊などは、しばしば原野に置き去りにされました。野生の動物の餌食になる場合もあります。
独力で生存できればそのまま生きてゆくだろうし、そうでなければそのまま死ぬことになります。
ギリシャ神話で有名なエディプスは、そのようにして置き去りにされましたが、運良く助かったうちの一人です。
アタランテも幸運な星の下に生まれたようで、メスの熊がやってきて彼女に乳を飲ませて育てました。
そんなわけで、彼女は野生化した子供のように成長しました。しかし、言葉がしゃべれるようになったわけですから、
そう長く熊と一緒に生活していたわけではありません。
やがて、猟師が彼女を見つけて、りっぱなハンターにするために彼女を育てました。
彼女は未婚のままで一生を終えようと望みましたが、とてもきれいな娘に成長したので、たくさんの求婚者が現れました。
ところで、アタランテが実際、どれほど美人だったかについては誰も見たことがないし、写真や絵に人物像が残されているわけでもないので、
全く分かりません。したがって、このページのトップに載せた写真は、紀元前540年頃に花瓶に描かれたアタランテ (Brauronian
arktos ブラウロンの熊: ブラウロンで行われるアルテミスを祭る儀式に参加する女の子がこのように呼ばれました)
に基づいて合成して作ったものです。伝えられるところによれば、彼女は紀元前1500年頃生きていた人です。
もう一方のアタランテはボイオティアで生まれました。彼女の父親はショエネウス(Schoeneus)。
このアタランテは偉大なランナーへと成長してゆきます。彼女も終生未婚であることを望みます。また同じように美人で魅力的な娘になりました。
この2人は時々アルテミスと間違えられますが、実際、ギリシアの絵画では、アタランテとアルテミスのイメージを識別する視覚的な方法はありません。
地上で最も早いランナー
アタランテはとびっきりきれいな娘になりました。このページのトップに示された写真で見るように、走るために下着だけを身につけた姿になると、
とりわけ魅力的に見えました。ところで、パンティーのように見えるのはダイアゾーマ(diazoma)と呼ばれ、ブラジャーのように見えるものは
ストロフィオン(strophion)と呼ばれます。
ヒッポメネスが初めて彼女に会った時、彼はアタランテが男ならばアドニス(ギリシアの男性の美の典型)に匹敵するほどのすばらしい体躯を持っていることに
感銘を受け、直ちに恋に落ちてしまいました。彼が対戦の機会を待っている間に、他の誰かに彼女を勝ち取られないように必死で祈ったほどです。しかし、
それほど心配することもなかったのです。というのは、求婚者のなかで誰として彼女の相手になるような者は現れなかったからです。もちろん、
彼女と競い合う者は、もし負ければ彼女の持っている槍に刺し殺されると言うことを十分に知り尽くしていました。
ヒッポメネスは、もう彼女に首っ丈になってしまい、負ければ死ぬことなど、ものともせずに挑戦することにしたのでした。
アタランテも、そんな彼の勇気に感動し、彼に恋をしてしまいました。幸運にも、ヒッポメネスは秘密の武器を持っていました。
アフロディテ(彼はこの人に勝利を祈ったのですが)は、キプロスの彼女の神聖な木になった3個の黄金のりんごを彼に与えたのです。
レースが始まると、アタランテはすぐに彼を追い抜いて先を走っていました。ヒッポメネスは、りんごの一つを彼女の足元へ転がしました。
アタランテはそれを拾い上げるためにちょっと脇に寄ったのです。同じようなことを彼はさらに2度までもしたのです。
3度目のりんごはとりわけ重くできていたのでアタランテはレースに敗れてしまいました。そんなわけで2人は結婚することになったのです。
ヒッポメネスは、アフロディテから得た支援に対して感謝したでしょうか?いいや、彼はそんなことなど考えもしなかったようです。
新しい花嫁にすっかり夢中になってしまい、アフロディテのことなど頭の片隅にもなかったようです。
そんな彼の様子を見るとアフロディテはアタマにきてしまいました。だから、2人をいつまでも幸福のままにはしておかなゾ、と心に決めたのです。
ある時、ラブラブのお熱い二人は森に入りました。そして休息をとるために神々の彫像でいっぱいの神聖な洞穴に入ったのです。
アフロディテは、この時とばかり、彼に魔法をかけて、アタランテを抱かずにはいられないほどムンムンムレムレ、彼を欲情の虜にさせてしまったのです。
彼らはこの禁制の場所で抑制しがたい衝動に駆られ、熱狂した動物のように絡まりもつれあいながらセックスにのめり込んだのでした。
やがて彼らの体からはふさふさとした毛が生え始め、手からは猛獣のような鋭い爪が伸び、愛のうめきは、猛獣のような叫びやうなり声になってゆき、
とうとう2人とも、永久に森の中を徘徊するライオンになってしまったのです。
このエピソードからの教訓:
誰かに助けてもらったら、必ずお礼の手紙を書きましょう!
素晴らしい女性ハンター
アタランテが有能なハンターになった時、彼女はギリシャの英雄たちの仲間に加わるよう招かれました。それはジェイスン、テセウス、
カストル、ポリュデウケスというような人たちです。アエトリア(Aetolia)地方のカリュドンの町を脅かしている巨大な猪を退治するために、
優秀なハンターが必要だったからです。アエトリア地方というのはギリシア本土にあって、パトゥラエ(Patrae)湾の北に位置し、
ちょうどアケロオス(Achelous)川とエベナス(Evenus)川に挟まれた地域です。
この地方の英雄であるメレアグロスはアタランテを一目見たとたん愛の虜になってしまいました。でも、何事にも控えめだった彼は
何もすることができませんでした。猪退治が始まると、アタランテは一番に猪に傷を負わせました。それまで何人もの男たちがそうしようとしたにもかかわらず
頭のいい猪は彼らをさんざ愚弄していたのです。
このことでメレアグロスはさらに彼女を賞賛したのです。彼は結局獲物の止めを刺しました。しかし、
彼はアタランテに獲物の頭、皮および牙を与えることを主張してゆずらず、このことが彼のおじさんたちを激怒させました。
メレアグロスが獲物を彼女に与えないように、おじさんたちは邪魔をしたのです。女のくせに男のスポーツに加わるとは何事か、
と思っていたのでした。
メレアグロスのおじさんというのはプレクシッパス(Plexippus)とトクセウス(Toxeus)のことです。
しかし、他の説によると、
メレアグロスの母親のアルタイアには2人以上の兄弟がいたことになっています。
アポロドロス(Apollodorus)によると、
彼らはイフィクラス(Iphiclus)、
エヴィッパス(Evippus)、プレクシッパス(Plexippus)、それにエウリピラス(Eurypylus)ということになっています。
ハイジナス(Hyginus)によると、次の3人をあげています。アイデウス(Ideus)、プレクシッパス(Plexippus)、
それにリンセウス(Lynceus)です。
メレアグロスも、この叔父たちのやり方には我慢がならずに二人とも殺してしまいました。
さて、困ってしまったのは彼の母親です。アルタイアは恐ろしいジレンマに引き込まれてしまいました。
兄弟のために復讐しなければならない。しかし、そうするためには彼女の息子を殺さなければなりません。
一体どうすればよいのだろう?
アルタイアはメレアグロスを生んだ時に、天啓を受けました。「メレアグロスは囲炉裏(いろり)に燃えている丸木が灰になった日に死ぬだろう」と。
アルタイアは、すぐに火を消すことにより彼女の赤ん坊の命を救いました。メレアグロスが死なないように、彼女は、ふたのある大箱の中に丸木を隠し、
秘密にその箱を埋めました。
従って、もし彼女がそのように望めば、アルタイアは息子を簡単に殺すことができます。
しばらくの間、彼女は苦悶しました。しかし決断の時がやってきました。彼女は安全にしまっておいた箱の中から丸木を取り出して、それを
火の中へ投げ入れたのです。やがて、丸木が燃え尽きると共にメレアグロスの命も燃え尽きたのでした。
このエピソードからの教訓:
獲物はガールフレンドにあげてはいけません。
誰にもやらずに自分一人で食べてしまうのが一番無難なやり方です。
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