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桂小五郎と恋
by Akira Kato
February 1, 2004
桂小五郎はご存知のように明治維新の血なまぐさい最中にも、恋の花を咲かせました。「春雨じゃ濡れてゆこう」なんて、かっこいい、 見方によってはキザな文句などはきまして、何となく人間的な、あるいは世俗的な彩(いろどり)を『明治維新』に与えています。 この辺のところは、維新一筋の西郷隆盛とはだいぶ性格が違っているようです。 ところで、この桂小五郎のお相手が誰だったのか思い出せませんでした。春雨の降るなか、小五郎に傘をさしかけた芸妓が確か相手役だったと思うのです。 というわけで、Google.com で検索しました。得られた結果の一部を上に示しました。上の写真をクリックすると、現時点での検索結果を見ることが出来ます。 クリックすると新しいウインドーが開きます。このページへ戻るにはそのウインドーを閉じてください。
なんと、日本のサイトが 日本人が最近、活字離れした、ということをよく聞きますが、歴史の本を読む人が少なくなったのでしょうか?30年ほど前には歴史ブームが起こっていたのですが。 もう、ブームも下火になったのでしょう!そういうわけで、歴史のサイトを作る人も少ないようです。私のこのサイトも極めて不人気です。 『桂小五郎と恋』という、けっこう世俗受けする話題についても、日本では取り上げる人が居ないのだと思います。 検索結果に現れたサイトはすべて中国と台湾です。やはり『歴史』を重視する国だとつくづく思いますね。自分の国の歴史はもちろんでしょうけれど、 明治維新の時代の日本の人物まで扱っているのですから、中国人にはずいぶんと歴史に関心のある人がいるものだと、感心しています。 こういうときに漢字が読めるということはとても重宝しますね。中国語を完璧に知らなくとも、おおよそのことは理解できます。 上の検索結果から、次のサイトが目に留まりました。
上の写真をクリックすると、このサイトへアクセスできます。このページへ戻るには新しいウインドーを閉じてください。
このページはNHKの大河ドラマ『新撰組』を紹介しているわけです。 「『桂小五郎的戀人一角的菊川怜」を日本語にすると、「桂小五郎の恋人『一角』を演じる菊川怜」ということになると思います。 『一角』という源氏名だったろうか?もう少し色っぽい名前だったように思うのですが? 台湾では、まだこういう難しい字を使っているんですね。私は、マイクロソフトの日本語IME を使っているのですが、 その辞書には『戀』なんて複雑な文字は登録されていませんでした。仕方がないから、私の日本語ワープロ (JWPce) から引っ張ってきました。 普通の辞書・辞典に載っていないような文字を書くにはどうしたらいいの? NHK大河ドラマのページで調べてみたら、やっと分かりました。 「幾松」という名前だったのです。すぐに、「そうだ!この名前だ!」と思い当たりました。 「一角的」というのは「女主角」が主演女優なら、「助演女優である」というような意味のようです。 幾松という名前で検索して、やっと簡単な略歴が分かりました。 天保14年(1843)、若狭小浜藩士の長女に生まれた松子は、父の死後上京して、三本木・吉田屋の芸妓竹中かのの妹分となり、14歳の時に二代目幾松を襲名しました。 幾松は、なじみの小間物商広戸甚助から桂小五郎(木戸孝允)を紹介されます。蛤御門の戦いで敗れ、新選組の探索を受けていた桂を、幾松はたびたび救いました。 維新後、幾松は木戸夫人となり松子と名乗りました。明治10年に木戸が没すると木屋町別邸(幾松旅館)に移り住み、剃髪して翠香院と号しました。明治19年(1986)没。
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