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愛と性のファンタジー
by デンマン & レンゲ
2008年2月7日
デンマンさん。。。今日は、なんだかいつもと違いますわね?
うしししし。。。レンゲさんにも分かりますか?。。。たまには気分転換にいいでしょう? この上の画像は。。。あの有名な『エマニエル夫人』のポスターを。。。例によってデンマンさんが手を加えたのですわね? 分かりますか? 見れば分かりますわよ。。。確か。。。本物のポスターはブラジャーをして無かったと。。。 レンゲさんは良く覚えていますねぇ~。。。でも、映画が作られたのは1974年。。。つまり、レンゲさんが生まれるずっと前ですよゥ。 ええ。。。そうですわ。あたしは近くのビデオ屋さんでポスターを見ましたわ。それで、興味が湧いてビデオを借りて見たのですゥ。 ほおゥ~~。。。レンゲさんも見たのですか?。。。卑弥子さんは恥ずかしくってビデオを借りにゆくこともできなかったと言ってましたよ。 それって。。。それって。。。あたしに対するイヤミですか? ん。。。? イヤミ。。。? そうですわア。あたしが恥ずかしげも無く『エマニエル夫人』のビデオを借りて見た。。。デンマンさんは、そう言って、またあたしを“エロい女”にしようとなさるのですかぁ~? やだなあああぁ~。。。レンゲさんは“エロい女”にこだわりすぎですよゥ。 あたしがこだわっているのではありませんわ。デンマンさんがこだわっているのですわア。 分かりましたよ。記事が長くなるだけだから、本題に入りましょうね。 それで、『エマニエル夫人』を持ち出してきて、デンマンさんは、いったい何がおっしゃりたいのですか?。。。昨日の『小百合物語』で言いたい事はすべて言い尽くしたはずでしょう? ほおォ~。。。レンゲさんも昨日の小百合物語を読んだのですか?
ええ。。。読ませていただきましたわ。 どうでしたか? 懐かしい。。。そう思いながら読ませていただきましたわ。。。でも、一体、どうして今日も『エマニエル夫人』を持ち出したのですか? レンゲさんの次の手記を思い出したからですよゥ。
セックスとは、
愛を基盤とした自由なもの 投稿日時: 2007-04-13 13:53
デンマンさん で、回答へとまいりますね。。。 江戸川乱歩全集に関してですが、 乱歩の作品自体については、 「人間椅子」での、愛する女性のソファに、 そういえば… 「チャタレイ夫人の恋人」ですが… 小学生のわたしに、そんなものを理解できるような 女性が自らの性欲を恥じる必要など フロイトも、ヒステリーの原因は、 by レンゲ 上の手記には『エマニエル夫人』は出て来ませんわ。 エマニエル夫人は出てこないけれど『チャタレイ夫人の恋人』が出て来ますよ。僕がどうしてこの手記を思い出したのか、と言うとレンゲさんはかなり早熟だという印象を僕は持ったのですよ。この点、小百合さんと共通していると思いましたよ。 小百合さんも早熟なのですか? 小百合さんは次のように書いていましたよ。
昔、エマニエル夫人の映画で、すごく年の離れてる男性と 誰かに聞いてみようとずーっと・・。 小百合さんは中学生の時に『エマニエル夫人』を観てインパクトを受けたのですよ。こういう事って誰にでもあると思うのだけれど、数十年経ったあとで思い出して、その事を素直に書けるというのは誰にでもできる事ではないと僕は思っているのですよ。つまり、問題意識を持って生活していない限り、『エマニエル夫人』の映画を見たとか、『チャタレイ夫人の恋人』の小説を読んだとか。。。そう言うことは、日常茶飯事の猥雑な記憶と共に、忘れ去られてしまうものですよ。。。つまり、多くの人は昔見た映画とか読んだ小説の事を手記に書いたり、メールに書いたりしないものだと僕は思っているのですよ。 そうでしょうか? そうですよ。僕がこうして『エマニエル夫人』の事や『チャタレイ夫人』の事を取り上げて書いている事だって、多くの人が“デンマンは暇人だから、どうでもいい長い記事を書いている”と思っていますよ。 実際に、そのような事を言った人が居るのですか? もちろん居ますよ。えっけん君が下らない事を書いていましたよ。 どのような事を書いたのですか? 「デンマンは暇人だから長い記事を書いている!」 このような事を書いたのですよ。そのくせ、彼は、どうでもいい『むだづかい日記』を書いていたのですよ。興味のある人は次の記事を読んでくださいね。 ■ 『日本人の自分をこわして国際人になった奇特な男の物語 (続編) 2006年3月7日』 でもねぇ、僕は暇人だから長い記事を書いているのでは無いのですよ。どうして僕が『エマニエル夫人』や『チャタレイ夫人の恋人』を取り上げて長い記事を書くのか?れんげさんには分かりますか? どうしてですの? 問題意識を持っているからですよ。 どのような。。。? だから、より充実した人生を生きたい。せっかくこの世に生まれてきたのだから、悔いの無いより良い人生を生きたいものだ。できれば、幸せで充実した人生を送りたいものだ。。。そう思って長い記事を書いているのですよ。暇人で暇をもてあましているからではないのですよ。えっけん君のように、どうでもいい愚痴を書いているわけでもないのですよ。 問題意識を持って書かないと駄目なのですか? 何を書いても自由ですよ。レンゲさんも僕も、この記事を読んでいるあなたも、自由世界で暮らしているのだから。。。 だったら、デンマンさんがえっけん君に毒づく事も無いではありませんか。。。? ありますよ。次のような名言がありますよ。 批判の無いところに進歩なし。 つまり、お互いに批判しあいながら前向きに進むことで、この世界はより住み良くなる。そうすれば、自分の人生もより充実したものになる。。。ねっ?。。。そうでしょう?。。。レンゲさんも、そう思いませんか? そうでしょうか? レンゲさんだって次のように書いていましたよ。
レンゲさんへの質問
2007-04-22 17:10
質問122:
レンゲさんは性的欲求不満からヒステリーを起こした事がありますか? ないですね。
質問126:
レンゲさんは、愛する人と一生一緒に
わたしには、誰かの人生に責任を持つほどの力がないと思うのです。
質問129:
現在のレンゲさんに欠落しているものとは。。。? 欠落しているものがわからない。
質問130:
その欠落部分はセックスのない愛で 完璧にno!ですぅ。
質問133:
その欠落部分は輝かしいキャリアウーマンになる事で埋め合わせる事が出来ますか? できないと思います。 レンゲさんだって、こうして社会的な成功よりも精神的な充足感を願いながら生きているのですよ。。。そうでしょう? こうして見せ付けられると、違うとは言えませんよね。。。それで、問題意識を持って生きる事が精神的な充足感をもたらすとデンマンさんはおっしゃるのですか? あのねぇ、えっけん君のように『むだづかい日記』に愚痴をタラタラと書くよりは、『エマニエル夫人』の映画を観て、あるいは『チャタレイ夫人の恋人』の小説を読んで、感想や疑問を手記やメールに書いて思索にふける、あるいは意見を交換する。。。その方が精神的な充足感をもたらすと思いませんか? ええ。。。確かに愚痴をタラタラたれるよりは前向きだと思いますわ。あたしと小百合さんは、そう言う点でも良く似ているとデンマンさんはおっしゃるのですか? そうですよ。セックスシーンに当てられて、ただ驚いて居るばかりじゃなく、人生の糧(かて)になるようなものを見い出そうとしている事がレンゲさんの手記や小百合さんのメールから僕には感じ取れるのですよ。 それで、今日のタイトルの事ですけれど。。。デンマンさんは『エマニエル夫人』は愛と性のファンタジーだと思っているのですか? そうですよ。結局、『エマニエル夫人』と言う映画は、時代の流れに乗って女性が女性のために書いた“愛と性のファンタジー”をフランスの監督が映画化したものですよ。僕は、そう考えているのですよ。 つまり、大人の女のメルヘンですか? そうですよ。かなり衝撃的なメルヘンですけれどね。。。 なぜ、デンマンさんは、そのように考えるのですか? まず、文学的には『エマニエル夫人』は『チャタレイ夫人の恋人』程のインパクトは無かったですよね。 なぜですか? 要するに“性のファンタジー”に偏(かたよ)りすぎてしまったので“ソフトコア、ロマンポルノ”として扱われていますよ。僕はそう見ているのですよ。 どうしてですか? それは、レンゲさんが僕の上の質問に答えて言っていますよ。 セックスとは、愛する人との大切なコミュニケーション 『チャタレイ夫人の恋人』を読むと、チャタレイ夫人が森の番人とのセックスを「愛する人との大切なコミュニケーション」と考えようとしているのが良く分かりますよ。多分、レンゲさんだってその影響を受けた訳でしょう? エマニエル夫人は違うのですか? 全く違いますよ。エマニエル夫人のメンター(mentor)は老紳士マリオですからね。
老紳士マリオの性哲学
“文明人の性というのは複数セックスでなければならない。 マリオの性哲学は「セックスとは喜悦を求めるための手段」と言うファンタジーですよ。 この老紳士マリオって、一体どういう人物ですか? そのような人物が1960年代にバンコクのフランス人コミュニティに居たのでしょうね。でも、僕はこの人物は「エマニエル」を書いた作家・エマニエル・アルサンの分身だと思いますよ。
エマニエル・アルサン
(Emmanuelle Arsan) 1940年に生まれる。 作品は、オランダ出身の女優、シルビア・クリステルの主演で映画化(「エマニエル夫人」)され、シリーズとして3作品作られ、その後数多くのリメイクが作られた。 その後の作品でも一貫して、男女の愛のかたちのさまざまを追求している。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 つまり、作家自身がファンタジーを書いたのですか? そうですよ。自分の経験をもとにして、1960年代の“自由恋愛” “フリーセックス”の流れに乗って書き上げた作品だと僕は考えているのですよ。
【レンゲの独り言】
デンマンさんらしい考え方ですよね。 ファンタジーとして片付けてしまっても良いのでしょうか? とにかく、あさって、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。 メチャ面白い、
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こんにちは。ジューンです。
お元気ですか?
『エマニエル夫人』の原作をたどってゆくと
『O嬢の物語』に行き着くのですよね。
原題はHistoire d'Oで、フランスの中編小説です。
今ではサド・マゾヒズム小説の代名詞となっています。
1954年にジャン=ジャック・ポーヴェール書店から
売り出されました。
作者はポーリーヌ・レアージュと言う女性です。
でも、作者が誰なのか良く分からなかったのですよね。
1994年にやっと分かりました。
ドミニク・オーリーが自分が作者であると名乗り出たのです。
物語では、女流ファッション写真家のOは、
ある日恋人ルネにとある城館へ連れて来られ、
複数の男の共有性的玩弄物になるように、
鞭打やその他肉体を蹂躙する手段で
心身共に調教されるのです。
このあたりの発想が老紳士マリオを生み出し
彼がエマニエル夫人を調教して行く。
そのようにも見て取れます。
ところで、デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて
一つにまとめました。
もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、
次のリンクをクリックしてくださいね。
とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。
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