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小百合物語
 

 

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ふるさとのロマン
2009年5月7日

デンマンさんへ

3月のホワイトデー前頃に買って1ヶ月が経ってしまいます。

どこで買ってもチョコなのですが

ちょうどこのホテルのチョコを見つけたので送ります。

もしかすると日本の郵便局で暖められたり、

機内で冷やされたり

表面が白くなってたらすいません。

その他、いろいろと雑に入れましたが。。。

マメ、ガム、Pinky は 最近気に入って、

カバンに入れて持ち歩いてます。

デンマンさんの迷惑そうな顔が思い浮かびますが、

たまには女の子の気分になってみてくださいね。

うららかな春のバンクーバーの街を歩きながら。。。

フードストアに向かう買いものついでにかんでください。

きっと、いい短歌が作れるでしょう。

小百合より

2008年4月1日


『広い愛と狭い愛 (2009年3月31日)』より

この上の小百合さんのお手紙は去年の4月に書かれたものでござ~♪~ますわ。

そうですよう。

どうしてデンマンさんは、また持ち出してきたのでござ~♪~ますか?

小百合さんは僕とめれんげさんが短歌の交換をしていたのを知っていたのですよう。

それで、万葉集の和歌が2首、包み紙の裏に書いてあった白羊羹を小百合さんが小包の中に入れたとデンマンさんは思い込んでいるのですわね?

それ以外には考えられないでしょう!

でも、偶然ということもありますわ。

偶然ではありません。

どうして、そのように断定するのでござ~♪~ますか?

その2首の和歌を読んでみてくださいよう。

下野(しもつけ)・佐野    

   

下毛野(しもつけの)

みかもの山の

小楢(こなら)如(の)す

目細(まぐは)し児(こ)ろは

誰(た)が笥(け)か持たむ  

 

by 詠み人知らず  

万葉集 巻第十四 3424

【現代語訳】 下野(しもつけ)のみかも山に生える小楢のように美しいあの娘は、誰の家の食器を持つ妻になるのだろう。

【解説】 「みかもの山」は栃木県佐野市街の東にある山です。


下毛野(しもつけの)

安蘇(あそ)の河原よ

石踏まず

空ゆと来(き)ぬよ

汝(な)が心告(の)れ  

 

by 詠み人知らず  

万葉集 巻第十四 3425

【現代語訳】 安蘇の河原を、石を踏まず空を飛ぶようにしてやって来たんだ。さあ、きみの本心を聞かせてくれ。

【解説】 「安蘇」は、栃木県安蘇郡と佐野市あたり。

すでに、あたくしは読ませていただきましたわ。どちらの歌も、あたくしのように美しい女性のことを想いながら詠んだのでござ~♪~ますわね。おほほほほ。。。都から遠く離れた田舎に、この上のような歌を詠む男が居たなんて信じられない思いがいたしますわ。

そうでしょう?。。。僕も歌の意味を調べたら、おや、おや。。。意外や。。。意外!。。。という感に打たれたのですよう。

この万葉集の二首が、どうして羊羹の包み紙の裏に書いてあるのでござ~♪~ますか?

店主が次のように書いているのですよう。

金禄の郷土色豊かで

気品に富んだお菓子は、

必ず受ける方に心から喜ばれ、

贈る方の奥床しさが通じ

心と心がつながります。

店主敬白

有限会社金禄(きんろく)

佐野市江戸街道

つまり、万葉集から下野(しもつけ)にちなんだ歌を二首選んで羊羹の包み紙の裏に書いた和菓子屋の店主は、「風流」と言うか「奥床しさ」をちゃんと理解しているのですよう。 

そうでしょうか?

そうですよう。。。だって、小百合さんの心のこもった贈り物の一つとして、僕はこうして金禄の白羊羹を記事で取り上げているのですよう。卑弥子さんだって、これまでの記事を読めば、小百合さんが贈ってくれた心のこもった品物を通して僕と小百合さんの心と心がつながったのが理解できるでしょう?。。。うしししし。。。

そのような事は、デンマンさんご自身が言うべき事ではないのですわよう。

分かってますよう。でもねぇ、卑弥子さんが言ってくれそうも無いので、僕は自分で言う事にしたのですよう。うへへへへ。。。

そうゆうのって、「奥床しい」とは言わないのでござ~♪~ますわ。

。。。で、何と言うのですか?

「あつかましい」と言うのでござ~♪~ますわ。おほほほほ。。。

でもねぇ、小百合さんは僕が歴史が好きだという事を知っている。しかも僕がめれんげさんと短歌の交換をしていると言うことも知っている。

。。。んで、小百合さんは上の和歌の意味を理解していたのでござ~♪~ましょうか?

下野(しもつけ)の国、今の栃木県にちなんだ和歌であることぐらいは知っていたはずですよう。

それで、なぜ、この和歌をデンマンさんに読んでもらおうとしたのでござ~♪~ましょうか?

卑弥子さんは、もう忘れているかもしれないけれど、僕は軽井沢にちなんだ和歌を今でもはっきりと覚えているのですよう。小百合さんも良く覚えているはずですよう。

なぜ、小百合さんが覚えているとデンマンさんには分かるのでござ~♪~ますか?

小百合さんは次のような事をメールに書いて寄越した事があるのです。卑弥子さんも、じっくりと読んでみてね。

投稿日時: 2008/09/22 03:58 (ロンドン時間)
日本時間: 9月22日 午前11時58分
バンクーバー時間: 9月21日 午後7時58分

はい ただいま。
軽井沢ではいろいろとやる事があって、
ネットカフェでゆっくりとデンマンさんのブログを見ている時間が取れませんでした。
あとで ゆっくりと 見てみますね。

ブログを読んでもらえば分かるけれど、
小百合さんとのメールの交換がブランク(空白)の期間があったので、
歴史編になっていますよ。

万葉集のこと
柿本人麻呂のこと。。。
そう言う事に、かなりハマッて『小百合物語』を書いていますよう。

しばらく歴史編が続きそうですゥ。
もちろん、小百合さんからのメールを冒頭に書きますが。。。
歴史編になっても『小百合物語』に変わりがありません。

夕べも今朝も
ビーバーランド e-XOOPSの調子が悪かったのですよう。
最近、マジで Lycos UK のサーバの具合が悪いのですよう。
ムカつきました!

先ほどクリックしたら、やっとジューンさんが現れて、
小百合さんが1時間前にログアウトした事が記録に出ていました。

23日の秋分の日までいるつもりだったのですが、
台風が去ったのに 低気圧で雨、
戻ってきました。

うん、うん、うん。。。
10日間ほど軽井沢にいると言っていたから早いなあああぁ~、と思ってちょっと意外でした。
でも、うれしい喜びですよう。
それだけ小百合さんと多くメールの交換ができますからね。

今回は 風邪もひいたけど その分 ゆっくり、
気がついたら 10時まで寝てました。
寝過ぎです。

本当に小百合さんは“風邪っ子”ですよね。
その事が僕のオツムに始終あって、その事が僕に『ロマンポルノ』を書かせたのですよう。
半分マジで。。。

つまり、小百合さんの“愛とロマンの体質改善”があの『ロマンポルノ』のテーマなのですよう。
小百合さんは分かってくれただろうか?

防人(さきもり)の歌碑のところまで行って、
新しい道を探して 見つかった時の 新鮮さ。
長男や次男のこと、デンマンさんのことも
忘れて 自分だけのことで 走り回ってました。

■ 『ビバ!白鳥の湖 (2008年6月15日)』

(防人の歌碑については上の記事を読んでみてね。)

“防人の歌”。。。懐かしいですねぇ~。

そうです。そうです。
あの防人の歌の歌碑も、小百合さんと一緒に見たいものですね。

日の暮れに

うすひの山を

越ゆる日は

背なのが袖も

さやに振らしつ  

(巻第十四 東歌 三四〇二

詠み人知らず)

現代語訳:

日の暮れ時に、碓氷の山の峠を越える日に、我が夫が、別れの時に目につくほどはっきりと袖を振っていたわ。

峠を越えて去ってゆく夫を慕う妻の心情を詠んでいる。


ひなぐもり

うすひの坂を

越えしだに

妹が恋しく

忘らえぬかも  

(巻第二十 四四〇七

他田部子磐前 [おさたべの子いわさき])

現代語訳:

ひなくもり(碓氷を導く枕詞)碓氷の坂を越える時は、国へ置いてきた妻のことが恋しくて忘れられない。

碓氷峠越えの別れの恋歌。

■ 『夢のホテル』より
  (2008年5月8日)

私が室生 犀星(むろう さいせい) のことを
書いたからって
無理に調べなくって いいのですよ。
私も作品を全部読んだわけでは 無いのです。
長女の室生 朝子さんは やはり子供のころ
軽井沢で過ごしたらしく
細かく 様子が書いてあったのです。

お手伝いさんがいたものの、
洋風かぶれしたのが嫌いな父・犀星に厳しく育てられて、
父(肺癌)を見送るまでの事、
いろんな作家との 交流 が書いてありました。
きっと デンマンさんには 面倒な本ですから
記事で取り上げなくてイイですよ、

室生犀星のことは、いつか書いてみたいと思っていました。
僕にもちょっとした思い出がありますよう。
その事を含めて、万葉集の歴史編の後に書こうと思っています。

昭和25年ごろの手書きのマップを見つけ
コピーして 今大切に見てます。
大きくして額に入れようかな~

本当に 雲場池のところに ニュー グランドホテル
と書いてあった。
1度見てみたい 竈岩(かまどいわ)
白人はジャイアントチェアー と呼んでいたらしい。
南のプリンススキー場の裏側なので 見たこと無いです
ごめん ごめん 私の事ばかり

うん、うん、うん。。。
小百合さんの事を、もっともっと書いてくれてもいいよう。

デンマンさんのお母さんは 封筒の宛先は どうやって 書いてるの?
封筒だけ デンマンさんが たくさん書いて おいてきたりするの?

弟が書いてやっているようですよう。
僕は書いた事が無い。

私 今月末と思ったら 10月末 よね。
ネットカフェ・コンコルドであわてて デンマンさんの旅程表を見たから勘違いしてました。
あと1ヶ月ですね。

まだ1ヶ月以上ありますよう。
でも、1ヶ月なんてすぐに経ってしまいますからね。

僕は1ヶ月分の記事を用意しなければならないので、
この1ヶ月間は大変です。

これ SUBMIT できるかな
何だか お気に入りが減ってるし、マウスはどっか
無くなってるし やりずらいなー

これが 現実の世界ですよ、今日も次男坊と
喧嘩がはじまりそうー。

では 今日も洗たく 掃除...
今から始めます。

では、また。。。

小百合より

そうですよう。そうですよう。
軽井沢は、小百合さんにとって“今一つの世界”なのですよう。

日常茶飯事から開放されて、小百合さんの“夢とロマンの生活”を軽井沢に求めているのですよう。
つまり、それこそ小百合さんの“女の世界”です。
デンマンの“ロマンポルノ天国”と重なると思うのですよう!
うしししし。。。

行田で元気に再会しましょうね。
“恍惚のハグ”を楽しみにしていますよう!
じゃあね。

投稿日時: 2008/09/22 07:16 (ロンドン時間)
日本時間: 9月22日 午後3時16分
バンクーバー時間: 9月21日 午後11時16分
『帰省スレッド』より
ロンドンの“ビーバーランド e-XOOPS”


『室生犀星と卑弥子さんと悪徳ブログ (2008年10月1日)』より

ずいぶんと長く引用しましたわねぇ~。このうちのどれでござ~♪~ますか?

小百合さんは防人の歌碑を見に行ったのですよう。

防人(さきもり)の歌碑のところまで行って、
新しい道を探して 見つかった時の 新鮮さ。
長男や次男のこと、デンマンさんのことも
忘れて 自分だけのことで 走り回ってました。

当然、上の2つの防人の歌を読んでいたのですよう。“新しい道を探して 見つかった時の 新鮮さ”と書いている。また、“自分だけのことで 走り回ってました”とも書いている。小百合さんが、なんとなく興奮しているように見えるのですよう。

どうしてでござ~♪~ますか?

祖先の血が騒いでいるのですよう。

祖先の血ってぇ~。。。?

あのねぇ~、小百合さんの祖先も僕の祖先も百済からやって来たのですよう。

デンマンさんだけが、そのように勝手に信じ込んでいるのでござ~♪~ますわ。

つまり、卑弥子さんは、これまでの僕の話を全く信用していないのですね?

だってぇ、“海外飛躍遺伝子”などと言う子供だましの事だけで、デンマンさんと小百合さんの祖先が百済からやって来たなんて信用できませんわ。

でも、昔から“血は争えない”と言うでしょう!?

血は争えない

父母から気質・性向を受け継いでいることは否定しようがない。
親の特質は子どもに受け継がれているものだ。
血筋は争えない。

小百合さんは、祖先の和歌に触れて血が騒いだ訳ですよう。それで興奮して、長男や次男のこと、僕のことも忘れて 自分だけのことで小百合さんは走り回っていたのですよう。

つまり、小百合さんの祖先が上の詠み人知らずの和歌を詠んだのでござ~♪~ますか?

そうですよう。祖先から受け継いだ小百合さんの血が、祖先が詠んだ歌碑の前で騒いだのですよう。小百合さんの上の感動は、その“血の感動”ですよう。

そのような事をあたくしに信じろと、デンマンさんはご命令なさるのでござ~♪~ますか?

信じるも信じないも、卑弥子さんの自由ですよう。でもねぇ、小百合さんと僕には前世からの因縁が確かにあるのですよう。次の記事の中でも書いた通りですよう。

■ 『佐野の白羊羹 (2009年5月1日)』

それで、また新しい因縁を発見したのでござ~♪~ますか?

そうですよう。次の和歌をもう一度読んでください。

安蘇(あそ)

下毛野(しもつけの)

安蘇の河原よ

石踏まず

空ゆと来(き)ぬよ

汝(な)が心告(の)れ  

 

by 詠み人知らず  

万葉集 巻第十四 3425

【現代語訳】 安蘇の河原を、石を踏まず空を飛ぶようにしてやって来たんだ。さあ、きみの本心を聞かせてくれ。

【解説】 「安蘇」は、栃木県安蘇郡と佐野市あたり。

上の説明の中の“栃木県安蘇郡”と言うのは、実はもう無いのです。2005年に自然消滅してしまったのですよう。

あらっ。。。この地球上から、その地域が無くなってしまったのでござ~♪~ますか?まさか。。。まさか。。。火山が爆発して“平成新山”になってしまったとかぁ~?

違いますよう。2005年2月28日に葛生町(くずうまち)と田沼町が佐野市と合併した事によって安蘇郡が無くなってしまったのです。

安蘇郡 (あそぐん)

令制国一覧 > 東山道 > 下野国 > 安蘇郡
(日本 > 栃木県 > 安蘇郡)

安蘇郡(あそぐん)は、栃木県(下野国)にあった郡。
2005年2月28日、構成する町の合併により消滅した。
範囲は、現在の佐野市と群馬県桐生市の一部。
面積271.70km²、人口40,718人(推計:2005年2月1日)
消滅直前の時点で、以下の2町を含んでいた。

葛生町(くずうまち)
田沼町(たぬままち)

令制国時代の郡域としては、旧上都賀郡足尾町と粟野町の範囲まで広がっていたと見られる。

沿革

安蘇郡は古く毛野国に属したが、これが二つに区分された上つ毛野(上野国)と下つ毛野(下野国)については、あいまいな部分がある。
例えば万葉集の次の3首は、安蘇郡で詠まれたと見られる。

3404
「可美都氣努 安蘇能麻素武良 可伎武太伎 奴礼杼安加奴乎 安杼加安我世牟」

3425
「志母都家努 安素乃河泊良欲 伊之布麻受 蘇良由登伎奴与 奈我己許呂能礼」

3434
「可美都家野 安蘇夜麻都豆良 野乎比呂美 波比尓思物能乎 安是加多延世武」

ここで、可美都氣努は上つ毛野、志母都家努は下つ毛野であり、両国に登場する理由として、渡良瀬川の氾濫により境界が変転した、両国に同名の地域があり現在の安蘇郡だけ後世に伝わった、単なる誤記、など諸説ある。

しかし、佐野が上つ毛野に含まれる歌

3420
「可美都気努 佐野乃布奈波之 登里波奈之 於也波左久礼騰 和波左可流賀倍」

から、境界の変転とする説が有力となっている。

古代~中世

782年(延暦元年)5月3日 続日本紀に「下野国安蘇郡主帳外正六位下若麻続部牛養」とある
8世紀後半 上記の通り、万葉集の東歌に登場する
930年 和名類聚抄に、下野国安蘇郡の郷として、安蘇、説多、意部、麻続があげられている
1688年 下野風土記に、「阿蘇河原並美加保乃関」とある

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

安蘇郡は上の説明でも分かるように葛生町と田沼町の2つの町を含んでいた。でも、その2つの町が佐野市と合併したので“安蘇郡”の役目が無くなってしまったと言う訳ですよう。

。。。んで、新しい因縁というのはどのような事でござ~♪~ますか?

安蘇(あそ)という名前に注目してください。卑弥子さんは何を連想しますか?

九州の阿蘇山でござ~♪~ますわ。

偶然の一致ですねぇ~。。。と言うより上の説明を読めば、おそらく多くの人が阿蘇山を思い浮かべるでしょう。実際、「安蘇」を「阿蘇」と書いてある箇所が見えます。

デンマンさんは、九州と栃木に“アソ”と言う地名がある理由を突き止めたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。。。僕も不思議に思ってネットで調べたら、次のようなページに出くわしたのですよう。

ポリネシア語で解く日本の地名

古く縄文時代の昔、日本列島には原ポリネシア語を話す民族が南方から渡来して住み着き、原ポリネシア語で地名を付けていたと思われます。
その地名は、昔も今も殆ど変わらない発音で生きて使われています。
しかも、古事記、日本書紀などの古典や、日本語の語彙の中にも、多くの原ポリネシア語源の言葉を見出すことができます。 (トップページより)

阿蘇山は、熊本県北東部の霧島火山帯の最北端に位置し、世界最大級のカルデラをもつ複式活火山です。
カルデラの中央部には、主峰の高岳(1592メートル)、中岳(1506メートル)、根子岳(1433メートル)、杵島岳(1326メートル)、烏帽子岳(1337メートル)などがほぼ東西に並んでいます。

「阿蘇」の由来については、『日本書紀』に地名伝説があります。
景行紀18年6月の条に、阿蘇国が名づけられた由来が書かれています。

郊の原曠(ひろ)く遠くして、人の居(いへ)を見ず。
天皇(景行)の曰く「是の国に人有りや」とのたまふ。
時に、二(ふたはしら)の神有す。
阿蘇津彦(あそつひこ)・阿蘇津媛(あそつひめ)と曰ふ。
忽(たちまち)に人に化(な)りて遊詣(いた)りて曰く、

「吾二人在り。何(あ)ぞ人無けむ。」とまうす。

故(かれ)、其の国を號(なづ)けて阿蘇といふ。


(日本古典文学大系『風土記』岩波書店による)

風土記逸文には「閼宗(あそ)岳」とあり(『釈日本紀』に引く「筑紫風土記」)、また『日本書紀』とほぼ同じ伝説を記して「阿蘇郡(あそのこほり)」の地名の由来と説いています(『肥後国風土記』逸文)。
また古くは「阿曽」とも記されました。

この「アソ」の地名は、火山地帯に多く、アス・アズに通じる崩壊地名である例が多く、この場合も崩壊する外輪山の崖からきた地名とする説があります(創拓社『日本地名ルーツ辞典』1992年)。

これをマオリ語の辞典で引いてみましょう。
マオリ語にはS音はありません(原ポリネシア語にはS音がありましたが、その後マオリ語ではT音(一部はH音)に吸収されています)ので、「アソ、ASO」ではなく、「アト、ATO」を引いてみますと、

「アト」、ATO(enclose in a fence,etc)、「垣根で囲まれた(山、土地)」

と解釈できます。阿蘇の外輪山を垣根と見立てて名づけたのです。

 (中略)

その第四は,栃木県安蘇(あそ)郡です。
この「あそ」も同じ語源で、同郡内を並行して流れる秋山川と旗川は、花折断層の姿に似たほぼ一直線の三本の山脈(尾根)の間の二本の谷を流れています。
この「あそ」も、「垣根(山脈)に挟まれた(垣根と垣根の間を流れる)川のある地域」または「何本もの垣根のような山脈がある地域」の意と解します。

田沼駅と唐沢山の間を流れる秋山川の周辺地図

唐沢山から田沼駅方面を見下ろす

【デンマン注:】
読み易いように写真と地図を加えて大幅に手を加えていますが、
文章には手をつけていません。


【オリエンテーション編】より
『ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源』

『風土記』の説明は面白いけれど、現代人を説得できないような言葉遊びになっていますよう。

デンマンさんもポリネシア語で日本の地名を説明すべきだと思っているのでござ~♪~ますか?

少なくとも、『風土記』の説明よりも説得力がある説明になっていますよう。実際、縄文時代、日本列島には原ポリネシア語を話す民族が南方から渡来して住み着いたのですよう。僕も、かつて、この事で記事を書いたことがあるのです。

『昔むかし、日本は人種の坩堝(るつぼ)だった』
      (2005年8月19日)

ポリネシア人が海流に乗って日本にやって来たことは充分に考えられますよう。

デンマンさんも上のポリネシア語起源による説明を認めるのでござ~♪~ますか?

いや。。。仮説として面白い説明だけれど、直感的に受け入れられないのですよう。

その直感とは。。。?

ポリネシア人であるならば“海の民”として、当然、海のそばで暮らし始めると思うのですよう。それなのに、阿蘇山も安蘇郡も、かなり内陸に入っている。僕は、もっと違う説明があると思うのですよう。

分かりましたわ。。。で、デンマンさんの仮説では、どのようになるのでござ~♪~ますか?

小百合さんと僕の祖先は百済からやって来たことは、すでに説明しました。

それも仮定として一応お話を伺いますわ。

つまりね、小百合さんと僕の祖先は百済からやって来て、まず九州に定住したのですよう。要するに阿蘇山の見える土地で農耕生活を始めたのですよう。

それで、どういう訳で関東へ移住したのでござ~♪~ますか?

九州や近畿地方では戦いが絶えない。僕の祖先も小百合さんの祖先も戦いが嫌いだったのですよう。だから、権力闘争から遠く離れた土地に移住した訳ですよう。

それで、現在の栃木県へ歩いて行った訳でござ~♪~ますか?

そうですよう。阿蘇山の見える土地からやってきたという意味で“安蘇”と名づけた訳です。

でも、どうして同じ文字を使わなかったのでござ~♪~ますか?

実は、和銅6(713)年に『風土記』の編纂を朝廷が命じたのですよう。つまり、今で言えば各県の産物や山や川の名前の由来を書き出すようにと言う政府の命令が出たのですよう。

それで。。。?

ただそれだけではなかったのですよう。「地名二字好字令」という命令まで出した。

どういうことでござ~♪~ますか?

早い話が、長たらしい名前はやめて、好ましい漢字を使って二文字で書くようにというものですよう。この影響で、今でも日本には2文字の地名がたくさんあるのですよう。だから、「阿蘇山の見える土地からやって来た百済人の住む郡」と言うような長たらしい名前をつける訳にはゆかなかった。

それで、どうして「阿蘇」ではなく「安蘇」にしたのでござ~♪~ますか?

「阿蘇」では、九州の阿蘇山と紛(まぎ)らわしい。それで好ましい“平安”の“安”の字を“阿”の代わりに書いたわけです。

それで「安蘇」になったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。

でも、それと小百合さんが、安蘇の和歌が包み紙に書いてある白羊羹をデンマンさんに送った事と、どのように関係しているのでござ~♪~ますか?

だから、小百合さんの祖先と僕の祖先は百済からやって来て、まず九州の阿蘇山が見える土地に定住したのです。それから何代かあとになって小百合さんの祖先は安蘇郡に落ち着き、僕の祖先は武蔵野に落ち着いたのですよう。

“血は争えない”

この諺のように祖先から引き継がれた小百合さんの血の中に、かつて阿蘇山の見える土地で小百合さんと僕の祖先が共に暮らしていた事を記憶している DNA が眠っている。

その DNA が目覚めて小百合さんは“安蘇”を詠んだ和歌が包み紙に書かれている白羊羹を手にとって小包に入れたと。。。。デンマンさんは、そのようにこじつけるのでござ~♪~ますか?

僕は、こじつけていませんよう。卑弥子さんが、そう言っているのですよう。うしししし。。。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
絶対にこじつけですわ。
あなただって、そう思うでしょう。
ただ、いろいろと引用したりして、ずいぶんと手の込んだ事をしているので、なんとなくホントらしく聞こえるのですわよね。

とにかく、まだ面白い話が続きますわ。
どうか、あなたも、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、またねぇ。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

“血は争えない。”

よく耳にする諺ですよね。

親から受け継いだ素質や才能は

隠そうとしても、はっきり出るという意味です。

英語では次のように言います。

Blood will tell.

例えば、次のように使われます。

He inherited a short temper

from his father.

Blood will tell.

彼の短気なところは父親譲りだ。

血は争えないね。

ところで、卑弥子さんには、ちょっと信じがたいような

恋物語がありますわ。

関心があったらぜひ次のリンクをクリックして

じっくりと読んでみてくださいね。

■ 『平助さんが卑弥子さんに恋をしたのがウンのつき』
  (2005年5月3日)

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


 





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